とゆふものは。

何者でもない、だから需要もない、アラフォー女の想いを綴ります。

ラーメンへの情熱

ラーメン好きになったのは大人になってから。
食べるのが遅い子どもだったのでいつの間にか勝手に伸びて勝手に不味くなってしまうラーメンは完食できず、あまり好きじゃなかった。
社会人になって拘束時間が増え、さらにアラサーになって周りの目もあまり気にならなくなり、いつからかラーメンは『ひとり飯』の主力選択肢に躍り出た。
とにかく時間を掛けずに食べられて手軽だしお腹も満たされるし何より美味しい。
常に進化しているので昔より味や形態のバリエーションも増えた。魚介系スープとか油そばとかつけ麺とかブームにもなったしね。

それからはラーメンの虜だった。
初めて降りる駅を利用するとき、待ち合わせ前に時間がありそうなとき、事前にラーメン屋を調べてしまう。
東京はすごいぞ。必ずと言っていいほど各駅に一軒はラーメン屋がある。

「女一人でラーメンって寂しい」
と言われたこともあったけど、ラーメンって一人で食べるイメージない?
複数人で行くシチュエーションでも着丼から最後にスープを飲み干すまで会話しないで集中して食べるでしょ。
というあくまでも個人的な見解。
女性なのにというのは気にせず行っちゃってごめんなさい!って感じだけど。

とはいえアイツ炭水化物の塊だから。
健康の面で色々気にする年頃になったので、昔みたいに気兼ねなく食べられなくなったのも事実。
若い人、特に女性は行きづらいかもしれないけど、一人でラーメンなんて、と思わずどんどん食べに行ってほしいものです。

ちなみに一番好きなのはシンプルな中華そばや醤油ラーメン。昔からある町中華で50年間レシピ変えてませんみたいなラーメンがあるから色々冒険できるんだよね。

そろそろ謎を解きたい私

謎解きや脱出ゲーム流行ってますよね。
専門の会社や自治体がそれぞれ趣向を凝らして、意外なコンテンツとコラボしたりいつの間にやら専用ビルができたりして日々なんらかのイベントが開催されている模様。

私も好きでたまに参加するのですが、さて過去を振り返ってみると自分の原点は間違いなくこれ。

きょうはなんのひ?|福音館書店

ネタバレになっちゃうので内容はリンク先を読んで頂くとして、この絵本。
小学生の時に学校の図書室で出会って、読むたびにワクワクして、恥ずかしながら母に頼んで似たような遊びをした覚えがあります。
家中を歩き回って、少しだけ工夫しないと先に進めないハードルがあって、最後におやつにたどり着く。
楽しかったし、今思うと準備して付き合ってくれた母ありがとう!という思い出。

時は流れて初めてイベントに参加したのはほんの数年前なんだけど、大人が大真面目に子どもの遊びに取り組むと規模も謎自体もすごいことになるんだなと思ったし、こういうの好きな自分は変わってると思っていたけど実はマジョリティーだったんだと分かってなんだか嬉しかったな。

頭を使うしイベントによってはかなり歩いて運動不足解消にもなるし、何より童心に返れるのでおすすめです。
時間制限があると焦ってしまうので、制限なしで普段行かないところに行ける周遊謎、街歩き系が一番好き。
肝心の謎解き力については・・・もう少し頑張りたいところだね。

過去に3年連続チャレンジした地下謎。
ナゾトキ街歩きゲーム「地下謎への招待状2019」 コロナ禍でこの2年やってないのだけど今年はあるのか?とヤキモキしてついブログに書いてしまいましたよ。
例年だとそろそろアナウンスがある頃なんだけどな。

二度と会えない人たちのこと

実家に高校の同窓会の中止連絡ハガキが来ていたらしい。コロナ蔓延のためとかで。
特に帰省する予定もなく最初から欠席予定だったけど、こうして深く考えないまま機会を逃すこともあって二度と会えない人が沢山いるんだよねとふと思いを馳せてみた。

中学の同級生なら成人式が最後で、高校や大学なら卒業式が最後。
転職したら最終出社日が最後。
今まで本当に多くの人に出会ったけど、その時は密に付き合っていてもやがて二度と会えない人たちになっていくんだよね。
もちろん中にはしばらく連絡を取っていた人もいたけれど、今所属してるコミュニティが当たり前に一番大事だからお互い段々不精になったりして。

そんな中で同じように二度と会えなくなる可能性もあったのに、今も関係が続いている夫や友人達に感謝ですな。

閑話休題
1つ前に書いた記事に多くのスターがついて(当ブログ比)、なんだなんだ何が起きたと思ったら『きょうのはてなブログ』に取り上げてもらっていたのですね。
自分の文章を評価してもらうのなんて中学か高校の夏休みに書いた読書感想文ぶりでした。
広いはてなブログの片隅に書いた言葉に共感してくれる誰かがいるなんてありがたや。

初体験を増やしたい

人生って思ったよりずっと短いんだな。
10代や20代の頃、いつか終わりがくる実感なんて持てず、これからもずっと悩んで苦しんで浮き沈みしながら生きて行かなきゃいけないんだと絶望したものだけど、アラフォーを迎えて折り返し地点が見えた頃から人間の一生ってなんて短く儚いものなの、と思うようになった。

だって、ねえ。平均寿命まで生きると仮定しても、健康寿命はもっと短く、身体や頭をフルに動かすことができる期限はもっと早くにやってくるでしょう?

そう考えると、仕事して日常の雑務をこなしてたまに少し贅沢して、という慣れたルーティンをただ繰り返すだけの毎日でいいのか?なんて。
コロナ禍で思うように行動できなくなったのも大きいかもしれない。
もちろん当たり前の日常が尊く幸せなものだということも分かっているつもりなんだけど。

いつか自分も経験するのかなと若い頃にぼんやり思っていた事、なかなか経験に至らないものなんだよね。主体的に動かないと経験値って簡単には増えていかないね。

そんなわけで毎年ひとつずつ、大きくても小さくてもいいから興味があることに手を出して、初体験を増やしていきたいなと。
1年の始まりでも年度始まりでもない中途半端な時期だけど思っているわけです。
60の手習い、じゃないけどね。

高校野球がおもしろい

昔から高校野球が好きだ。

最初は子どもの頃見てた『タッチ』の影響で観戦するようになったけど、大人になった今見ても本当におもしろい。

1回負けたら終わりというところと、一生懸命な姿がいいんだろうなあ。
負けた時の涙は頑張ってきたからこそ悔しいと思う、その証なんだよね・・・学生時代に本気で打ち込めるものが特になかった自分はそれも羨ましく。

ずっとお兄さんのイメージだったのがあっという間に年下の子ども達になってしまったけど、根本はいつまでも変わらないね。
変わったのはたまにキラキラネームの球児がいることと、いつの間にか彼らの親、とまでは言わなくてもすっかり大人になってから生まれた球児ばかりということかな。
あと監督が同世代だったり。

ああ、人生で一回くらい甲子園球場で観戦してみたいな。

とことん自分に自信がない

自分なんて。
私の好きな言葉です(ネガティブ) 。

昔から自分に自信がない。
なにかをやる、発言する、いつもおそるおそる。
逆にこれじゃだめだと勢い込んで、おかしな方向にアウトプットしちゃったりもする。
遡れば親の育て方とか子どもの頃の環境が起因するのかもしれないけど、2回目の成人式迎えようというのに今さら親が悪い、なんて言いたくないし。
今この時点からどうやって変えていけるかの方に力を注ぎたいんだよね。

いい加減生きづらいし、もう大人なんだから今まで目を背けてきた内面の至らなさに目を向けて自信を持ってアウトプットできるようにならなきゃと思っている。

今ペラペラだからな、もっと厚みと深みがある人間になりたい。
先は長い。不惑なんて一生訪れない気がする。

某芸人さんが亡くなって

メンタルをやられてしまいそう。
子どもの頃からテレビで見ていた人が亡くなるのは辛いし、今回は亡くなった原因が想定外というのもあるんだけど。

彼は優しい人、と言う評が聞こえてくるし、周りの人たちが彼を慕っていたのも分かる。
彼もあのキャラが美味しいと思っていただろうし、周りにもそう公言してたのかもしれないけど。

彼の優しさに周りは甘えすぎてしまったのでは、と思ってしまう。
ふと嫌になっちゃったのかな。
ふと。一瞬。許容量を超えて。

彼は特殊な仕事で日本中に顔を知られ芸風を知られリセットする手段もなく、コロナ禍で周りに話すこともできず、これからどう生きていけばと、もう逃げ道がないように思ってしまったのかな。
年を取るにつれ、甘えさせてくれる人がどんどんいなくなったりもするし。

イジられたあと涙目だったり、爆笑をさらったあと本当に面白かった?大丈夫だった?という顔をしたり、繊細な人だというのはテレビ越しでも伝わっていたから。
本当のところはもう永遠に分からない。
きっと誰も悪くないのだと思うと、ああ心が痛い。