とゆふものは。

何者でもない、だから需要もない、アラフォー女の想いを綴ります。

アラフォー世代が勘違いされやすいこと

どうでもいい話なのだけど、アラフォー世代が年下世代から勘違いされてること。

「バブルってすごかったんですか?」

と聞かれる。
残念ながら私たち全くバブルの恩恵にあやかってないんです。
確かに生まれてたか生まれてないかで言うと生まれてた。でも物心ついてたかついてないかで言うとだいぶ危うい。
それくらい子どもの頃の話。

大人になったら浅野ゆう子がドラマの中で住んでたような広くて素敵なマンションに住むんだ!とか毎日仕事終わりにオシャレなバーに行くんだ!とか毎年リッチな海外旅行に行くんだ!とかジュリアナ東京!とか夢見て、いざ大人になったら全て裏切られた世代ですから。
氷河期だよ氷河期。

ほんとあまりいい目を見れなかった世代なんだよなあ。年下世代はさらにかもしれないけど。

ね、どうでもいい話でしょ。

11年

あれから11年が経ちますね。
長いようであっという間でした。
当時現地に行ったわけでもないし、東北地方には身内がいないので直接話を聞く機会がないけれど、きっと被災地の方にとっては何年経とうと区切りというものはないのだと思います。

当時の私は都内のターミナル駅近くのオフィスで働いていました。
朝どの靴を履くか悩んで結局ヒールをやめてムートンブーツにしたなとか、少し遅めのランチを食べて午後の仕事を始めた時間帯だったなとか。
あの日はごく普通のいつも通りの金曜日でした。

新しめのビルの高層階だったからか長い時間激しく揺れて立っていられず、ようやく収まったあと、お台場方面に黒煙が見えたこと。
業務を切り上げて帰れと言われたものの電車が止まっているらしい、でも帰らなきゃと思ったこと。
エレベーターが動かなかったので階段で地上まで降りたこと、その階段の壁がひび割れていたこと。
駅前のビルのガラスが割れて歩道に散らばっていたこと。
他にも同じような人が沢山いる中、家まで数時間歩いてその途中で家族に無事を知らせるメールをしたこと。
帰宅してテレビを付けて流れてきた東北の状況に息を呑んだこと、そうしている間もずっと余震が起きていたこと。
週末を挟んで月曜日に出勤したら東京の大きな駅とは思えないほど閑散としていたこと。

衝撃的な出来事だったので、今思い返してもあのときの気持ちや情景を思い出せる。覚えているものですね。

結局原発の件があってその後しばらく自宅待機になったのだけど、今のようにリモート環境が整備されているわけではなかったので本当にただ待機するしかなく、家に閉じこもってテレビを見ていると日本はどうなってしまうのか、不安で心細かったな。

あの日からの混沌とした数日間のことは今でも忘れられないし、これからも忘れないでしょう。
そういえば震災の翌年からコロナ前まで年に一度は東北に旅行に行っていた。
雪を見て温泉に入りたい、という気持ちももちろんあるけれど、無意識に東北を意識するようになったのかもしれないね。

あの日お亡くなりになられた方々のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。
世界中皆で対応すべきコロナや戦争も、ちっちゃな個人的な悩みも、彼らが生きたくても生きられなかった続きの11年を自分は生きているのだから、逃げずに向き合っていかねばとこの日ばかりは思ってしまいます。

キャッシュレス生活を始める

ニコニコ現金払いが一番だと思い込まされていた気がする。
キャッシュレスの古株であるクレジットカードすら、いくら使ったか把握できないから怖い、スキミングみたいに情報を抜かれたら怖い、現金が一番、と子どもの頃から言われ続けていたので、親の教育ってある意味洗脳だよね。

仕組みが分からない、でも調べない、もちろん手を出さない、だからずっともやっと怖いまま、という悪循環なんだと思う。

そんなわけで今さら感ありありですが、少しずつキャッシュレス生活に移行しようと思います!
まず手始めに、

  • クレジットカード
    • ECサイトはすでに全てこれ
    • 普段使いで使える店では使ってみよう
    • ついでにANAマイルも貯めよう
  • PayPay
    • クレカ出すほどでもない手軽な決済手段として
    • 今のところATMでチャージ、慣れたら他の手段も考えようかな
    • ついでにポイント還元しよう
  • 交通系電子マネー(モバイル)
    • ほぼ交通費だけ
    • チャージはクレカで

この3つで生活できるかどうか。
クレカ以外の2つはスマホの電源持ちますようにという心配も。
一応現金も持っておく小心者は私です。

たまには叫びたい

時々、現実から逃げて叫び出したくなるときがある。

どこかの会社に所属する会社員で、誰かの家族で、みたいな何かの一員であるために発生する役割と繋がりを全てぶった切って私のことなんて誰も知らないところへ行きたい!
ちょっと前にバズった「人間関係リセット症候群」やってしまうのちょっと分かる。
卒業や転職って人生で何度もあるわけじゃないから数年単位で疲弊した人間関係をリセットできるし、まあバッサリ切らなくても環境が変わるとフェードアウトも自然だしね。
さすがに公私の「私」部分は簡単にリセットできないけど、私の場合圧倒的に「公」部分にメンタルやられ気味だから。

コロナ禍前は海外旅行で非日常に溶け込んで鬱憤を解消できてたんだなと実感。旅行できないどころか予定も立てられないこの2年弱は本当にストレス・・・!
国内旅行も好きだけど、どうしても非日常感が薄く。
会社が休みの日に家でゴロゴロするのも悪くないけど、どうしても現実が忍び寄ってきちゃうのよね。
いや、十分贅沢でわがままな話だとは思うけどね。

一生お金の心配がなければなあ・・・
セミリタイアして無理しない程度に小銭稼ぎながら人生楽しむのに。

あらただの雇われ人の愚痴になっちゃったわ。
特に取り柄もない凡人だからプロレタリアはしょうがないよねえ。

恋愛至上主義の圧力

街中がクリスマス一色のこの時期はふと昔の焦燥感を思い出す。
今よりずっと若い頃、
「恋愛しなければ!」
「彼氏を作らなければ!」
じゃないと死ぬ!くらいの気持ちで思っていた。
田舎の過保護な親の元でぼんやり生きてた女子高生が上京してみたら、都会の女子大生かくあるべきという洗礼を受けて、
「夏までに彼氏作らないとヤバイ」
「クリスマスにデートの予定がないなんて」
とか言い出すやつ。

慣れない飲み会や合コンに駆り出され、もっと盛り上げて、とかサラダを取り分けると男子は『おっ』と思うから次はやりなさい、とか東京出身の友達にダメ出しを受けながら、うわ、そういうものなのね、と純粋だから思い込んじゃうのよね。
女子力という言葉が流行るずっと前。
もともと初対面の人と話すのが苦手な私、段々心折れていってたな。
でもそれができない=恋愛できない=自己肯定感が下がるというなんて悪循環。
無理すんなーって言ってあげたい。
あなたそういうの向いてませんから。

明石家さんまさんが司会で一般女性が恋愛を語るバラエティ番組があった。大学生の出演者が恋愛経験ゼロなんですーと言うと、
『えーその年で!恋愛してないなんて!
どこかおかしいんちゃう?』
みたいな。そうそう、その圧力だよ。
テレビのアップに耐えうる綺麗な人でその扱いなんだから、普通の容姿の私なんて最早生きてる価値が見出せない・・・!
大学でもサークルでもバイト先でも親戚の集まりでも。とにかく至るところでその圧力を大なり小なり感じていた気がする。

恋愛経験や彼氏の有無は女子同士の格付けの基準みたいなもので、右手薬指の指輪は彼氏がいるアピールだから異様に焦る。
しかも彼氏の学歴は東大を頂点に一定レベル以上の大学じゃないとね、みたいな圧。
「あー〇〇大なんだー(大したことないねという心の声)」
万が一東大生の彼氏でも
「だけどあの子の彼顔がいまいちだよねー」
っていう謎マウント。
うん、書いててちょっと気分悪くなってきた。
若いって最強だけど偏りすぎててほんと何様なんだ。むしろ自分たちで自分たちの首締めてないか?

若いときってほかにもやることある。
自分は何を好きで何に興味があって、どういうことが得意かあるいは苦手かという自分軸の構築、仕事とそれ以外のバランス、今後の人生について考えることができるタイミング。
それがないまま社会人になって苦労した私。一言で言うと世間知らずだったんだけど、まあそれはまた別の話。
もちろん恋愛は大事だし、パートナーがいる人生に安心感があるのは事実だけど、全て恋愛だけに費やすのはもったいないよね。
恋人の価値(容姿とか学歴とか勤務先とか年収とか)とその人に選ばれた自分が全て、と若い頃に思い込んでしまうのは危ういような気がする。

社会人になったらなったでさらに強烈なバブル世代の恋愛観の洗礼を受けることになったけどね。
今の時代の若者はどうなんだろう?
私たちの時代よりは皆飄々としてるように見えるし、多様化が叫ばれているんだから色々許容されているといいなと思う。
少なくとも恋愛してない者人に非ずみたいな価値観はどうかと、もう恋愛市場から遠ざかって久しいアラフォーは思っちゃうな。

私が子どもを持たない理由

私は晩婚で、子どもがいない。
そしてこれからも持つ予定がない。多分。

学生のころ、お互いまだ彼氏すらいなかった友達が将来は夫と子どもが二人いて、と当たり前のように話すのが衝撃的だった。
そもそも私もあなたも結婚できるの?という黒い気持ちは置いておいて、子ども産むのって大前提なんだ、と。

自分が子どもを育てるなんて間違いなく向いてないし、恐ろしかった。
社会人になって大分ましになったものの気まぐれに不機嫌になったりするし、コミュニケーション能力も低いし、そんな人に育てられるの嫌でしょう。
子どもの立場になって自分を客観視したとき、そんな母親嫌だ!としか思えなかったのがまず一番の理由かな、と思う。
むしろ毒親になりかねないんじゃない?と。

それに私のお金と時間の使い方、プランニングは基本自分のためだけ、結婚してからは自分と夫のためだけという前提になってしまっている。
実際に子どもがいたらさすがにこの意識は変わるはず、というか変わると信じたいと思うのだけれど。

私たちの親世代は、向いているとか向いてないとか自由なお金と時間とかそんなことを考える暇もなく結婚してそのままの流れで子育てに突入してたんじゃないの?
それが『世間の当たり前』だったから。
なんて捻くれたことを考える。

自分の子どもは可愛いよ、と言う。
そうだろうね、と思う。
だけどいずれ子どもは大人になり、可愛い良い子、だけではダメでどんな形であれ社会に貢献できる人に育てないといけない。
自身ですら、そんな大人になれているのか疑問符がつくのに。
その重圧を考えるだけでクラクラする。

子どもを育てないと親の気持ちは分からないよ、と言う。
そうだろうね、と思う。
私は親が子を想う気持ちを想像はできても一生理解はできないんだなと思う。
両親を祖父母にしてあげられないのも申し訳ないと思っている。

子どもがいなくて将来どうするの?と言う。
自分たちでなんとかするしかないよね、と思う。
子どもを当てにする時代じゃないと言われるけど、ちょっとした手続きを手伝ってもらえるとか些細でも交流があるとないとでは違うだろうなと想像する。
でもそれこそ子どもを持たない選択をした結果なんだから受け入れるしかない。

現役の間は微力ながら納税して子育て世帯を支え、子どもがいる人とは別のフィールドで消費活動して経済を活性化して、最後はそれまで貯めた資産で老後を過ごす。
これがベストなのかなと思う。

そんなこんなで子どもを持たないと決めた、はずなのに心のどこかで本当にそれでいいのかと思ってしまうのはなんでなんだろうね。
迷いながらこの年になってしまったけど、もう少し年齢が上がれば楽になれるはず。
早くなりたい。

『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』というアニメが昔あってだな

ちょうど小学生のころにクラスで大流行。
男子も女子も、もともとアニメ好きなグループから普段はアニメなんて見ないグループまでみんな観ていた。
『新世紀GPX』って『フューチャーグランプリ』なんだぜ。当時全く読めてなかったわ。

舞台はF1とは別のモータースポーツサイバーフォーミュラ」が大人気という設定の21世紀で、14歳の少年が主人公。
彼は車搭載の人工知能にアクシデントでドライバーとして登録されてしまい、様々な困難にぶつかりながらも最後は周りの大人顔負けのレーサーに成長する、という子ども心をつかむ設定で。
車のデザインもさることながら、キャラクターもストーリーもめちゃくちゃかっこよかったなー。

アニメ終了後も余韻に浸りたくてクリスマスだか誕生日だかにCDを買ってもらったのだけど、家に帰って聴いてみたらまず手に入れたかったOPもEDも収録されてない!ガーン!
私が買ったのはボーカルコレクションっていう声優さん達が歌ってる曲が収録されたCDだった。
なぜか当時クールを装ってた私はこれでいいのよ、という顔してたが本当は悲しかったなあ・・・

昔、アニメは最終回まで放映したらそれで終わり、再放送がない限り二度と観れないし、CDなりカセットなりの媒体を買わないと主題歌も聴けない。そういえばCDレンタルなんてサービスもあったけど、近所にはまだ店がなかった。
もしかしたらVHS販売されてたかもしれないけど、田舎の小学生だった自分には情報を得る術もなくどうしようもなかったな、としみじみ。

いまや手元のスマホで、ささっと発売されてる関連商品を調べて買ったり動画配信サービスで全話見返したりできちゃうもんね。
アニメに限らずありとあらゆる情報を簡単に手に入れられて、ネットが発達した今を生きる子ども達が羨ましい。逆に大変なこともあるだろうけどね。

ちなみにOPもEDもSpotifyで聴けます!未だに歌詞を見ずに歌える自分もすごいぜ。